ソニーのレンズ交換式カメラブランドである「α(アルファ)」シリーズは、デジタル一眼レフ(DSLR)の歴史から始まり、ミラーレス一眼カメラのパイオニアとして市場をリードする存在へと進化を遂げてきました。現在のαシリーズの歴史は、ミノルタからの技術継承と、ソニーが推進したEマウント規格によるミラーレス化という二つの大きな転換期によって形作られています。
αブランドの起源とAマウント時代の継承
ソニーのレンズ交換式カメラの歴史は、ミノルタが開発した「Aマウント」規格にルーツを持ちます。
ミノルタによるαショックとAマウントの誕生
αブランドは、1985年にミノルタが「α-7000」を発売したことから始まりました。このα-7000は、世界初の本格的なオートフォーカス(AF)機能を搭載したシステム一眼レフカメラであり、その革新的な機構はカメラ業界に「αショック」と呼ばれるほど大きな影響を与え、一眼レフカメラのAF化と電子マウント化を加速させました。

ソニーへの事業継承とデジタル一眼レフ時代
2006年1月、コニカミノルタ(2003年にミノルタがコニカと経営統合)はカメラ事業からの撤退を発表しました。ソニーはこれに伴い、コニカミノルタからαマウントシステムを含むレンズ交換式デジタル一眼レフカメラ関連事業を継承しました。この継承には、当時1,600万本以上の販売実績を持っていたαマウントレンズ資産や、世界初のボディ内蔵手ブレ補正技術、長年の光学技術と製造ノウハウが含まれていました。
ソニーは2006年6月に、ソニーブランド初のデジタル一眼レフカメラ「α100」をAマウント機として発売しました。その後、ハイアマチュア機「α700」(2007年)や、35mmフルサイズCMOSセンサーを搭載したハイエンド機「α900」(2008年)など、Aマウントのデジタル一眼レフカメラのラインナップを拡充しました。

Aマウントにおける技術革新:トランスルーセントミラー技術
2010年以降、ソニーは従来のクイックリターンミラーの代わりに、固定式透過ミラーを用いた「トランスルーセントミラーテクノロジー」をAマウント機(SLT-αシリーズ)に採用し、一眼レフ構造から「一眼カメラ」へと呼称を変え始めます。この技術は、ミラー動作に伴う振動による画質劣化がなく、AF追従での高速連写を容易にしました。この技術を用いたモデルとして「α55」(2010年)や、Aマウントのフルサイズ機「α99」(2012年)が発売されました。

しかし、デジタルカメラ市場がミラーレス一眼カメラの台頭により大きな転換期を迎える中、Aマウントは徐々に主力から外れ、2016年の「α99 II」を最後に、ミラーレス一眼への移行が本格化しました。2021年にはAマウントボディの生産終了が発表され、Aマウントの歴史は事実上幕を閉じました。
Eマウントの登場とミラーレス時代の幕開け
ソニーがカメラ市場で一躍注目を集めたのは、「Eマウント」規格を採用したミラーレス一眼カメラの登場からです。
Eマウントの誕生とNEXシリーズ (2010年)

ソニーは2010年、ミラーレス一眼カメラ「NEXシリーズ」と共に、新規格の「Eマウント」を発表しました。Eマウントは、従来のAマウント(フランジバック44.5mm)と比較してフランジバックをわずか18mmまで短縮し、ボディとレンズの小型化を可能にしました。
当初、NEXシリーズ(NEX-3, NEX-5など)はAPS-Cセンサーを搭載し、小型軽量の一般コンシューマー向けカメラとして位置づけられました。NEXシリーズは、発売当時、APS-Cサイズのセンサーを搭載したレンズ交換式デジタルカメラとして世界最小・最軽量を謳いました。
2013年9月の「α3000」(日本未発売)の発売を皮切りに、NEXブランドは廃止され、全てのレンズ交換式カメラが「α」ブランドに統一されました。
世界初のフルサイズミラーレス α7 の衝撃 (2013年)
2013年11月15日、ソニーは「α7」と「α7R」を発売し、世界で初めて35mmフルサイズイメージセンサーを搭載したミラーレス一眼カメラという新たなカテゴリーを市場に提案しました。これは、フルサイズ一眼カメラは一眼レフが当たり前という従来の常識を覆すもので、カメラ市場に大きなインパクトを与えました。

α7シリーズは、フルサイズセンサーを搭載しながら、一眼レフと比較して約半分の軽量・コンパクトなボディを実現。初代α7は有効約2430万画素のフルサイズCMOSセンサーを搭載したスタンダードモデル。「R」の称号を持つα7Rは、有効約3640万画素(ローパスフィルタレス)の高画素モデルとして登場しました。
このフルサイズミラーレスの成功は、ソニーが他のメーカーよりも先にミラーレス一眼のスタイルに着目し、開発を率先して行ってきた結果であり、キヤノンやニコンなどの大手カメラメーカーがミラーレス市場に注力せざるを得ない状況を作り上げました。
α シリーズの進化と専門分野への特化
α7シリーズの成功後、ソニーは技術力を背景にフルサイズミラーレスのラインナップを拡充し、プロフェッショナルや特定の撮影用途に特化したモデルを展開していきました。
α7シリーズの世代交代と専門化
α7シリーズは、用途に応じた4つのシリーズに分かれて展開されています。
スタンダードモデル (α7)
α7シリーズのスタンダードモデルとして、全性能でバランスの良い万能性が意識されています。
- α7 II(2014年):Eマウント機およびフルサイズ機として世界で初めてセンサーシフト式5軸手ブレ補正を搭載しました。
- α7 III(2018年):新開発の裏面照射型CMOSセンサーと新世代の画像処理エンジンを搭載し、カメラの基本的性能が大きく進化。世間に「フルサイズミラーレス一眼」の印象を根付かせた大ベストセラーモデルとなりました。
- α7 IV(2021年):有効約3300万画素の新開発センサーと、フラッグシップモデルにも採用された画像処理エンジン「BIONZ XR」を搭載し、静止画と動画の両面で高い性能を実現したオールラウンダー機です。
高画素モデル (α7R)
高い画素数を誇る高画素モデルであり、風景写真家などを中心に愛用されています。
- α7R II(2015年):世界初となる4240万画素の裏面照射型フルサイズExmor R CMOSセンサーを搭載。
- α7R V(2022年):有効約6100万画素を維持しつつ、AIプロセッシングユニットの搭載などにより、αシリーズ最高の解像性能を実現しました。
高感度・動画モデル (α7S)
高感度性能に特化し、夜間などの高感度を多用する撮影シーンで圧倒的な性能を誇ります。
- α7S(2014年):常用ISO感度100-102400、拡張最高ISO感度409600を実現。
- α7S III(2020年):動画撮影性能が大幅に強化され、高速AFに対応した高感度4K 120p撮影が可能となりました。
コンパクトモデル (α7C)
携帯性に特化したシリーズで、フルサイズセンサーを搭載しながら小型軽量化を実現しています。
- α7C(2020年):フルサイズセンサー搭載機でありながら、気軽に使える携帯性を実現しました。
- α7C II / α7CR(2023年):第2世代として登場し、α7C IIはスタンダードモデル、α7CRは高画素モデル(6100万画素)となっています。
プロフェッショナル向けハイエンドラインの確立
プロの現場での要求に応えるため、ソニーは高速性能に特化したラインと、全ての技術を結集したフラッグシップラインを確立しました。
α9 シリーズ
プロフェッショナルの現場での高速撮影を想定したモデルです。
- α9(2017年):積層型CMOSセンサー(Exmor RS)を搭載し、AF/AE追従で最高20コマ/秒のブラックアウトフリー連続撮影を実現。プロフェッショナルにαが認められるきっかけとなりました。
- α9 III(2024年):フルサイズミラーレススチルカメラとして世界初となる「グローバルシャッター方式」のイメージセンサーを採用しました。これによりローリングシャッター現象による歪みがなくなり、最高120コマ/秒の連続撮影(AF/AE追従)や、全速フラッシュ同調が可能となりました。
α1 シリーズ
2021年に発売された「α1」は、「1」の称号を得たソニーの正真正銘のフラッグシップモデルです。高画素(約5010万画素)と高性能(最高約30コマ/秒の高速連写、8K動画対応)を両立し、ソニーの持つ技術の全てが注ぎ込まれています。
APS-CミラーレスとVLOGCAM
ソニーはフルサイズだけでなく、APS-Cセンサーを搭載した小型軽量モデルもEマウントで展開しています。
- α6000 シリーズ:APS-C機の代表的な存在です。例えば「α6400」(2019年)は、上位モデルであるα9で実現した最高クラスのAF性能を搭載しました。「α6700」(2023年)は、最新のAI被写体認識や4K 120p動画撮影に対応し、フルサイズ機に匹敵する高性能を備えています。
- VLOGCAM シリーズ:動画撮影に特化したVLOGCAM(ZV-E10など)もEマウントを採用しており、映像クリエイターからの人気を集めています。
AマウントとEマウントに見る戦略の違い
ソニーのカメラ事業戦略は、Aマウント時代とEマウント時代で大きく転換しました。
マウントの設計思想
Aマウントは、光学ファインダーを前提とした一眼レフの伝統的なマウント規格でしたが、Eマウントはミラーレス専用に設計され、小型化と高性能化の両立が図られました。Eマウントはフランジバックが短いため、ボディの小型軽量化に大きく貢献しています。
顧客資産の活用と市場の拡大

ソニーはAマウントからEマウントへ移行する際、マウントアダプター(LA-EAシリーズなど)を提供することで、既存のAマウントユーザーが持つレンズ資産(Aマウントレンズ)をEマウントボディで使用できる互換性を確保しました。これにより、ユーザーはレンズ資産を活かしながら新しいミラーレスカメラにスムーズに移行することが可能となり、ユーザーの混乱を最小限に抑える効果的な戦略となりました。
特にEマウントは、ソニーがEマウントの基本仕様を広く開示したことにより、コシナ、シグマ、タムロンなどサードパーティー製のレンズが豊富にラインナップされるに至り、システムの拡張性が非常に豊かになりました。これは、ソニーがミラーレス市場を活性化させ、キヤノンやニコンといった競合他社に先んじて市場のリーダーシップを確立する上での核となりました。
ソニーは、フルサイズミラーレスのパイオニアとして、常に最新技術を投入し、ミラーレスというジャンルをリードし続ける存在として、今後も高い性能を実現したモデルの誕生が期待されています。












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